::: 作品タイトル :::
〜 ルートK⇔7 〜
<第八話>

::: 脱稿年月日 :::
2012.09.29

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A Moveable Feast
 
〜 ルートK⇔7 〜

第八話 『ニアミス』


 仕事漬けの一週間はあっという間に過ぎ去り、週末になった。天気も良く、せっかくの休みではあるが特に何の予定も無い。
 一日中家でゴロゴロしているのもいいが、退屈でもある。ゲームでもやるか、音楽でも聞きながら本でも読んでいるか、DVDでも借りてくるか。そういえば最近、AVとご無沙汰である。大学時代は、頼んでもいないのに灰田が貸してくれたので、困ることはなかった。
 午前中だらだらしていたので、既に時刻は昼過ぎ、祐麒はパソコンでネットを回遊しながら朝昼兼用の食パンを齧る。
 本気で暇だった。学生時代は、そんなことはなかった気がするのだが、社会人二年目にして早くも枯れてしまったか。
 テレビも食指を動かされるような番組もなく、洗濯でもしたら本当にDVDを借りに外出しようかと思い始める。
 会社の寮ではあるのだが、他の場所にも寮はあり、仲の良い同期で寮生活をしている連中は他の寮に入っているから、気楽に誘える相手も近くにいない。周囲の部屋に入っているのは先輩ばかり、挨拶くらいはするが特別仲が良いわけでもないので、休日にお互い部屋に行き来したり、どこか出かけるのに誘い合ったりすることもない。
 何か面白い作品でも出ているかとネットで探していると、インターホンが鳴った。そういえば、両親が連休中に旅行に行ったので、お土産と、ついでに食料品などを送ったと昨日メールが来ていた。祐麒は立ち上がり、インターホンに向かう。
「はい?」
『……あ、すみません』
「――――!?」
 しかし、聞こえてきたのは予想もしない声だった。
『えと、加東ですけれど。あ、会社の』
「え、え、あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
 頭が混乱する。
 なぜ、土曜の昼間から景がやってきたのか、全く分からないが、少なくとも耳にした声は景のものだった気がする。
 慌てて玄関に向かいドアを開けると、日差しを背に景が立っていた。間違いではなかった。
「ごめんなさい、休みの日に突然」
 軽く頭を下げる景。
 この前のイベントの時も私服姿を見たが、今日はまた前回とは違ってシンプルな装いだった。いや、正確に言えば会社でも私服ではあるのだが、仕事用とはやっぱり異なって、イメージが随分と変わって見える。
「えと、あの、な、なんで」
 何をいったら良いのか分からなくて、とりあえず疑問を素直に口にすると。
「あの、スーツとシャツ、クリーニングしたから届けに」
 景は手にした袋を掲げて見せる。
「どうも……で、でも、そんなの俺が取りに行きますのに」
「そうはいかないわよ、私のせいで汚しちゃったんだし、私の方から伺うのが礼儀でしょう?」
「でも、こんな突然来られても、せめて前もって連絡をくれれば」
「昨日、週末はどこにも行かないって、風見さんと話していたでしょう。だから、大丈夫かなと思って」
「でも、一歩も外に出ないってわけじゃないですよ?」
「そしたら、まあ、帰ってくるまで待つわよ。本も持ってきているし」
「いやいや、そういうことじゃ……」
 待つといっても、すぐ近くに喫茶店などがあるわけではない。部屋の前で待たれたとして、こんな綺麗な女性が部屋の前でずっと立っていたら、目立って仕方がない。さすがに土日ともなると、今日の祐麒のようにずっと部屋でダラダラなんてせず、出入りは結構あるだろう。
 そこまで考えて、はっとした。
 ここは会社の男子寮である。
 親しくなくてもそれぞれ顔見知りではある。そして景は同じ会社の先輩である。当然、景のことを知っている人間も多いはずだ。もし、こんな休みの日に祐麒の部屋に訪れている姿を見たらどう思うか、間違いなく勘違いするはず。
 正面に立つ景を見ると、いきなり無言になってしまった祐麒のことを、首を傾げて見上げてきていた。
 そういう仕草を見ていると、会社で働いている時とは全く異なり、やけに可愛らしく思えるのはギャップというやつか。
 いや、そんなことは今は置いておいて、どうするかだ。いつまでもこのままじゃまずい、さっさとスーツを受け取ってお引き取り願おうか。しかし、わざわざ届けに来てくれた会社の上司をもてなしもせずに送り返すのは、どうなのか。部屋にあげるべきなのかとも思うが、それで変に勘繰られても困る。こんな経験のない祐麒は、思考がフリーズした。
 その時、隣の部屋の扉の鍵を開ける音が聞こえてきた。
 確か、隣の部屋は一年先輩で、違う部門だが同じフロアのすぐ隣にいる。祐麒のことはもちろん、景の顔も間違いなく知っているはずで、結構お調子者でお喋り好き。
 まずい、見られたらまずいと思っているうちに、隣の部屋の扉が開いた。
「あの、福沢くん……きゃっ!?」
 咄嗟に祐麒は景を玄関内に引き寄せ、扉を閉めた。
 恐らく、見られなかったはず。
「……っ!? え、あああ、あ、あのっ」
「ふうっ……」
 息を吐き出す。
 もし見られでもしたら、何を言われるかわかったものではない。
「ちょっ、こ、困るわ福沢君、こ、こんな、いきなりなんてっ……」
 祐麒自身はともかく、景は確かに困ることになるだろう。立場、責任というものもあるし、何より女性であるし。
「あ、あの……あ……」
 ふと、胸に温かさを感じた。
 見れば、景が祐麒のシャツをぎゅっと握り、胸に顔を埋めていた。そんな景の細い腰と背中に手を回し、祐麒は抱きしめていた。
「うわぁっ、ご、ごめんなさいっ!」
 慌てて腕を上げる。
 しかし、景にシャツを掴まれていて、離れることができない。
「あ……」
 俯き、顔を真っ赤にした景がゆっくりと手を離す。
「あの、か、加東さん」
「こ、困るわ、その」
「いやっ、今のはですねっ」
「こここ、こういうのはやっぱり、その、順を追ってというか」
「あ、いえ、ん?」
 誤解だということを説明しようとしたのだが、景の言葉をふと考える。今のは、順を追えば良いということなのだろうか。
 景を見ると、目があいそうになって慌てて顔を横に向ける。手にしていたスーツは、下に落ちてしまっている。
「あ、あの、どうぞ。ちょっと散らかっていますけれど……」
 妙な雰囲気になってしまっているのを誤魔化すように、明るい声で景を中に招き入れる。スーツを拾い、部屋の中を最低限片づけて座布団を出すと、景はおずおずと腰を下ろした。
「えと、コーヒーでいいですか?」
「あ、お構いなく」
「インスタントですみませんが……」
 コーヒーの瓶を手に取ったところで、びくりとする。インターホンの音が鳴り響いたのだ。今度こそ宅急便かと思って出てみると。
『こんにちは、先輩っ! 私です、有馬菜々ですっ』
「な、菜々ちゃんっ!?」
「!?」
 インターホンから元気良く響いてきた声に、祐麒だけでなく景も驚きの表情を浮かべる。
 何故、こんなタイミングで菜々がやってくるのか。
『せんぷぁーーい、入りますよ〜〜??』
「いや、ちょ、ちょっと待って、実は今起きたばかりで、ちょっと着替えるから!」
『私、今更そんなの気にしませんけれど?』
「俺が気にするの!?」
『あ、もしかして朝の生理現象ですか? それなら私が処理して』
「と、とにかくちょっと待って!」
 危険な菜々とのインターホン越しの会話を強引に打ち切り、室内に目を転じれば固まっている景の姿が。
「あの、加東さんすみません、ちょっとの間隠れていてもらっていいですか?」
「え? な、なんで私が」
「すみません、すぐに菜々ちゃん返しますので、とりあえずここに」
「ちょ、ちょっと、福沢君」
 景の背中を押し、強引にクローゼットの中に押し入れる。
 玄関に走り、扉を開けようとして景の靴に気が付き、手に取ってキッチンの戸棚の中に隠しいれる。
 頭の中では、何でこんなことをしているのか、これではまるで浮気しているのを隠そうとでもしているようじゃないか、ということを考えつつもどうしようもない。
「……い、いきなりどうしたの、菜々ちゃん」
 扉を開けると、菜々の笑顔が飛び込んできた。
「ふっふっふ、どーせ先輩のことだから、だらだらしているだろうと思って、この菜々さんがお昼ご飯を作りに来てあげましたー」
 得意げに薄い胸を張ってみせる菜々。
「そんな、わざわざいいって」
「遠慮なさらずに、私と先輩の仲じゃないですか」
 押しとどめようとする祐麒の脇をすり抜けるようにして、菜々はずんずんと部屋の中に入ろうとして、キッチンと部屋の境目で不意に足を止める。
 目を細め、右、左と首を動かし、鼻をひくひくさせている。
「ど、どうかした、菜々ちゃん?」
「……僅かにですが、化粧の匂いがします」
「っ!?」
 振り返る菜々が訝しげな顔を向けてくる。
「そっ、そう? 気のせいじゃない」
「いえ、これは確かに……」
「そそそ、そんなことより、お昼ごはんは何を作ってくれるんだっけ? な、菜々ちゃんは意外と料理がうまいからなー」
 どうにか話をそらそうと、料理のことを振る。
「意外と、ってどうゆう意味ですか。見た目通り、と言ってください」
「いや、辛さの調節さえ上手ければねぇ」
「辛い方が美味しいじゃないですか」
「菜々ちゃんのは辛すぎなの」
「今日はですねー、キムチ唐揚げ焼きそばですよ」
「……それ、ちゃんと食えるの?」
 菜々は狭いキッチンに立ち、食材をバッグから取り出していく。どうにか意識を離すことができたようだが、女性の嗅覚とでもいうのかに、改めて驚かされる。正直、祐麒にはあまり景の化粧の匂いとか感じ取れなかった。
 とりあえず部屋の窓を開け、荷物を片づけ、落ち着かずにテレビなんか流し見している間に菜々は調理を終える。
 作ってきたのは予告通り、キムチ唐揚げ焼きそばなるものと、サラダとインスタントのスープ。
 菜々が作る料理は冒険的とでもいうか、野心的とでもいうか、とにかく変なところがあるので要注意が必要である。キムチ、唐揚げ、焼きそばと、確かにどれも上手そうだし、聞けば合いそうな組み合わせとも思えるが、果たしてどうだろうか。
「……うまい」
「でしょでしょー? 自信作なんですよっ」
「辛いが、美味い!」
 辛党である菜々の料理はいつも辛いのだが、辛さが唐揚げにマッチングし、且つ焼きそばのソースともうまいこと絡み合っている。適度な辛味は食欲も旺盛にさせるようで、先ほど食パンを胃に収めたことなど忘れてしまうくらい、箸が進む。
「えへへーっ、それだけ食べっぷりが良いと、作った私も嬉しいですよ」
 祐麒が食べる様を見て、満面の笑みを浮かべる菜々の姿に、思わず心臓が大きく波打つ。こうして、無邪気に喜んでいるのを見ていると、本当に美少女だと素直に思えるのに。
「どうしましたか?」
「え? あ、い、いや、菜々ちゃんも食べなよ」
「はい、いただいてますよー」
 思っていたことを口になど出せるわけもなく、誤魔化すようにスープを口にして。
 菜々の背後、クローゼットから禍々しい瘴気のようなものが噴出しているような気配を感じて、祐麒は戦慄した。
 そう、食事を楽しんでいる場合ではない、早いところ菜々をどうにかしないと、まずいことになる。
 急いで昼飯をかっ込み、お茶で一息ついたところで考える。さすがに祐麒も、いきなり菜々を追い出すなんてことは出来ない。
「先輩、先輩っ」
「ん?」
「食後のゲームしましょう」
「いやいや、ちょっと待って菜々ちゃ……って、早っ!?」
 既にゲームはセッティング済みで、菜々はコントローラを握り、隣の位置をバンバンと手で叩いて催促していた。ゲーマーなのだ。
「とりあえず『銀鉄』100年勝負の後、『鋼鉄の咆哮』オンラインミッションで」
「それやり過ぎ!!」
 夜までかかっても終わらないかもしれない危険な誘いをどうにか受け流し、適度な時間で終わる方向に持っていこうとする。
 それで不満そうな顔をする菜々を納得させるべく、考えたことを口にする。
「実は今日さ、この後うちの両親が来る予定なんだよ。なんか連休に京都の方行ったらしくてさ、その土産を持ってくるついでに久しぶりに飯でも食おうかってことになってて、だから申し訳ないんだけど」
「そうですか……それなら、しょうがないですね」
 素直に頷く菜々。嘘をついたのは申し訳ないが、そもそも菜々とだって約束をしていたわけではないのだ。
「それにしても、どうしたの今日は。こんな風に来るなんて、今までなかったのに」
 遊びに来ることはあったが、必ず事前に約束をしていた。だから、今日のようにアポなしでやって来て、しかも食事を作ってくれるなんてことはなかった。
「え〜っと、まあ、気まぐれ、ですよ。それよりゲームしましょうよ、時間あまりないんですよね。あ、何時ごろのお約束なんですか?」
「え、えっと、五時ごろ」
「じゃあ、四時くらいまでは大丈夫ですよねっ」
 すぐに返してしまうのも可哀想な気がして、中途半端な時間を示してしまった。クローゼットの中が気になるが、もはやこのまま時間までいくしかない。
 内心で冷や汗を流しながら、祐麒は菜々と遊ぶのであった。


 非常に居心地の悪い時間がようやく過ぎ去り、菜々が帰る時間になった。帰り支度をする菜々を見つつ、横目でクローゼットをそっと眺めると、心なしか悍ましい気配が隙間から漏れ出ているように感じられる。
「そうだ先輩、実は一つ確認したいことがあったんですけど」
 立ち上がった菜々が、祐麒の方に首を向けて言ってきた。
「先輩って、年増趣味とかありましたっけ?」
「はっ? 何ソレ?」
「だからー、年増って好きですか?」
「いや、なんだ、別に特別にそういうわけでは……」
「そうですよねー、やっぱ年増より、ぴちぴちした若い子の方がいいですよねー?」
 最後まで答えるのを聞かず、一人納得したように頷く菜々。年増というか、年上は全然OKだと言おうとしたのだが、菜々の言葉に封じられてしまった。
「一体なんなの、菜々ちゃん?」
「いえいえ、別に。一応、念のための確認ですから」
 良く分からず、首を傾げるしかない祐麒。
 そうこうするうちに、勝手に満足した菜々はバッグを肩に提げ、玄関へと向かっていた。見送るべく、慌てて後を追う祐麒。
「それじゃあ祐麒先輩、失礼します。また、来ますからね」
「お昼ごはん、ありがとう。それじゃあまたね」
 手を振って、菜々が廊下の角を曲がって消えて行くまで見送り、完全に姿が見えなくなったところで部屋に戻って扉を閉じ、ようやく人心地着く。
 しかし、安心している場合ではない。クローゼットの前まで足早に移動し、中に向けて声をかける。
「……もう、大丈夫です、加東さん」
 おそるおそる、クローゼットを開けようと手を伸ばす。
「――ぐがっ!?」
 祐麒が空ける前にクローゼットの扉が開き、しこたま頭をぶつけてしまった。中から出てきた景は祐麒にちらとだけ視線を向けると、何も言わずにトイレに駆け込んだ。そういえば、景がクローゼットに入ってから四時間近くが経過していた。
 トイレを流す音が聞こえ、ゆっくりと扉が開いて景の頭が出てきて、祐麒の方に顔を向ける。その目はわずかに涙ぐんでいるようにも見え、祐麒はドキッとする。
「か、加東さん、もしかして間に合わなかっ」
「そんなわけないでしょう、ちょっとだけよ!」
「え、ちょっとだけ?」
「っ!?」
 失言に気が付いたのか、真っ赤になる景。
「そんなことはどうでもいいからっ。それより、なんで私がこんな風にこそこそと隠れなくちゃならないのよ。別に、有馬さんと付き合っているわけじゃないんでしょう? 何か見られてまずいことでもあったのかしら?」
 別にそういうわけではないのだが、何となく咄嗟にそうした方がよいのではないかと思い、体が勝手に動いてしまったのだ。だが、景にそんなことを言うことも出来ず、他に良い理由も思い浮かばず、焦ったまま時間だけが過ぎる。
「……大体、誰が年増ですってぇ…………?」
 祐麒が黙っていると、不意に景が何やら呟き、やけに黒いオーラを発し始めた。
 声もかけづらく黙って見守っていると、景は「しばらく待っていて」とだけ言い残し、部屋を出て行ってしまった。
 かと思ったらすぐに戻ってきて祐麒を睨みつけ、「靴は?」と尋ねてきたので慌ててキッチンの戸棚から出して差し出すと、ひったくるようにして奪い、そのままの勢いで今度こそ外へと出て行く。
 どうしたものかと思ったが、どうしようもないので部屋の片づけをしたのだがすぐに終わり、やることもなくなってゲームの電源を再び入れる。待っていろ、と言うからには帰ってくるだろうし、荷物も残されている。出歩くわけにもいかず、小一時間ほどそうしているとインターホンが鳴った。
 出てみると案の定、そこには景の姿があり、扉を開けると「お邪魔します」ときちんと挨拶をして中に入ってくる。手には、ビニール袋を持っている。
 景はそのままキッチンに立ち、ビニール袋から食材を取り出す。何事かと見つめていると、首だけ動かして祐麒の方を見た景は、鋭い目つきで口を開いた。
「夕飯の支度をします」
「…………は?」
 なぜ、と問おうとしたが。
「文句ありますか? 有馬さんにお昼ごはん作ってもらって、私には作らせないとでも? それは有馬さんが若くてぴちぴちしているからかしら?」
 などと細い目で睨まれては、それ以上何を言うことが出来ようものか。
 祐麒は大人しく、景が鬼気迫る様相で夕飯の支度をしているのを待つことしかできなかった。


「ふふふ、さあ、どうかしら?」
 一時間半ほどしたところで、景が作った料理がテーブル上に並べられた。大して広くもないテーブルの上、所狭しと置かれた皿の上の料理を見て、祐麒は内心で感心した。正直、景の部屋の惨状を知っているだけにどんなものが出てくるかと恐れていたのだが、出てきた料理はどれもこれも非常に美味しそうなものばかり。
 サラダにスープ、炒めものに焼き物、バランスも良いが、若い男が好みそうなもので量もある。
 ちらりと景を見ると、得意げな顔をして祐麒のことを見てきている。料理のために髪の毛をまとめ上げ、エプロンをしている姿は、オフィスで見る大人びた姿とは異なり、少し幼いようにも見える。
「さあ、召し上がれ」
 腹も減っていたので、遠慮なくいただくことにする。箸をのばし、口に入れる。
「…………味が足りない気が」
「えっ!?」
「これ、塩とか入ってなくないですか?」
 猛烈にまずいとかいうわけではないのだが、塩が入ってないので美味しくない。
「ええっ、う、嘘っ……うっ!? や、これも? これも!? こっちも!」
 慌てて次々と料理を口にしていく景だが、そのどれもが同じ結果だった。
「こ、こんな初歩的なミスを……」
「加東さん……味見とかしました? ほら、仕事でも自分自身の見直しが重要じゃないですか、誤字とか表記ミスとか」
 祐麒自身、散々に注意されていることでもある。
「ぐっ……」
 言葉に詰まる景。その表情は、悔しさと恥ずかしさによって満たされており、祐麒は失敗を悟った。
 別に今は仕事でもなんでもないわけで、理由はともかくとして景は祐麒のために料理をしてくれたのだ。ちょっとしたミスで責め立てるようなことではない。
「あ、ほら、でも入れ忘れているだけだから、味付けを直せば問題ないですから、ほらっ」
「え……あ」
 料理を持って立ち上がり、キッチンへ。塩、胡椒、醤油を使い、簡単に手直しをしてからテーブルに戻ってくる。
 祐麒が置いた料理に、おそるおそる箸をのばす景。
「……あ、美味しい」
「でしょう?」
「でも、これじゃあ私じゃなくて福沢君が作ったようなもの……」
「いやいや、99%は加東さんが作ったじゃないですか。俺はちょっと、最後に手伝っただけですから、ホント、美味しいですよこれ、料理上手なんですね!」
 ずーん、と落ち込みかける景を見て必死に持ち上げる。面倒くさい人だ、とは思わない。実際、景の料理の手際は良かったし、味付けだってケアレスミスだ。
「そ、そう……? ありがと」
 素っ気なさを装いつつ、ちょっと嬉しそうな表情を見せる景が、なんだかとても新鮮に感じられて。
 今までになく景にドキッとする自分に、なんとなく戸惑ってしまう祐麒なのであった。



第七話に戻る       第九話に続く




〜なかがき〜
景「うぅっ(どよ〜〜〜ん)」
菜「わざと失敗して可愛いところ見せようって、小癪なまねをー」
景「わざとじゃないわよ!」
菜「わざとじゃないとすると天然ドジっ娘を見せようと!? いや、娘というほどの若さではないですか」
景「ぐふっ!?」
菜「あっがい?」
景「…………菜々ちゃんは積極的よね」
菜「どこかの誰かさんが鈍感で消極的でヘタレで、なかなか手籠めにしてくれないもので、てへぺろっ☆」
景「使い方間違っていると思うけど、でもその勢いは素直に感心するわぁ」
菜「しかし会社ではデキる上司、私生活ではダメダメどじっ娘を演出するとは、ますます侮れないです」
景「いや、そーゆーつもりじゃないのよ、本当に」
菜「となると私は溢れ出るぴちぴちの若さと、可愛さと、色気で勝負するしかないですね……あれ、楽勝?」
景「……そういえばあなた、私のこと年増とか言ってくれたわね?」
菜「はい、バイナラ♪」
景「ちょ、待ちなさいっ!?」